ディアブロ年代記 第24話:ナハントゥの森は憎悪を隠せない
この物語の目次
原作の出来事を基に新たに執筆されたファンフィクションです。登場人物の感情や台詞、場面の雰囲気は再構成されており、主要な結末を含みます。
密林の影とスピリットボーンの登場

Neyrelleの息遣いは荒く、不規則だった。左手を失った腕の先には分厚く巻かれた包帯が残されており、彼女は残された右手で青いサファイアのソウルストーンをしっかりと握りしめていた。Nahantuの深く湿った密林へと足を踏み出すたびに、傷口が疼いた。手を休める余裕すらないという事実が、痛み以上に途方もない重圧となって彼女にのしかかっていた。
メフィストの幻影が絶えずネイレルの耳元で呪いを囁いていた。血の色の狼の影が鬱蒼とした木々の合間に揺らめき、彼女の衰弱した精神を容赦なく蝕んでいった。一歩進むたびに視界が赤く染まり、ソウルストーンから溢れ出る憎悪の力が彼女の心臓を締め付けた。ネイレルは唇を噛み締めて悲鳴をこらえ、ただ前へ進むことだけに集中した。
放浪者はネイレルが残した腐敗と堕落の痕跡を追い、ナハントゥの深い森へと足を踏み入れた。息が詰まるような粘り気のある湿気と、鼻を突く悪臭が辺りに立ち込めていた。密林の奇形的な植物たちは、異邦人の侵入を警戒するように棘だらけの蔓を蠢かせていた。放浪者は剣の柄を固く握りしめて周囲を警戒し、ネイレルの微かな足跡を辿って慎重に進んだ。
その時、茂みの中から恐ろしい風切り音が響いた。突然の襲撃とともに、巨大な鉄槌が放浪者の盾を容赦なく強打した。異端審問官ウルヴァルと、その部下である燃え盛る騎士団が放浪者を丸く包囲していた。盲信に満ちたウルヴァルの瞳は狂気にぎらつき、騎士たちの鎧からは煙たい煙が立ち上っていた。逃げ場のない絶体絶命の危機だった。
放浪者はウルヴァルの猛烈な攻撃に押され、地面に倒れ込んだ。鉄槌が再び頭部に向けて振り下ろされようとした瞬間、視界がかすむ放浪者の目の前に、猛烈な豹の幻影が稲妻のように襲いかかった。巨大な霊的獣が騎士たちに噛みつき、弾き飛ばして、陣形を一瞬にして崩壊させた。ウルヴァルは慌てて後退し、見えない敵に向かって呪いの言葉を吐き散らした。
鬱蒼とした枝の上から、スピリットボーンの長老エルが軽やかに飛び降りた。彼は強力な精霊の力を操り、ウルヴァルの部隊を森の外へと荒々しく押し戻した。エルの手招き一つで大地が揺れ、蔓が騎士たちの足首を絡め取った。戦況が不利であることを悟ったウルヴァルは、怒りに満ちた咆哮を上げながら部下を率い、森の闇の中へと屈辱的な退却を強いられた。
エルは倒れた放浪者を荒々しく抱き起こし、クラストの港に用意された隠れ家へと連れて行った。密林の長老は、異邦人に対する強い警戒心をあえて隠そうとはしなかった。彼は放浪者の武装と傷を鋭い目つきで見つめ、ナハントゥに災いをもたらした者たちとどのような関係なのかを問い詰めた。放浪者は息を整えながら、ネイレルとソウルストーンにまつわる真実を慎重に打ち明けた。
村の隅にある天幕で、彼らはオルムスと再会した。かつての栄光を失い、狂人のようにつぶやくオルムスだったが、その眼光だけは奇妙な洞察力で輝いていた。彼は放浪者を指さし、ソウルストーンの脅威がナハントゥを飲み込むだろうと警告した。オルムスはエルの袖を掴み、密林を救うために異邦人と喜んで協力すべきだと懇願した。
黄金の獅子と精霊界の儀式

エルはオルムスの懇願を受け入れ、放浪者を率いて密林の奥深くに隠されたスピリットボーンたちの古き聖所へと向かった。巨大な古木が空を遮るその場所で、彼らはエルの長年の仲間であるマカに出会った。マカは森の病を癒すため、祭壇の前で祈りを捧げていた。彼女は人の気配に気づいて振り返り、好奇心と警戒が入り混じった目で放浪者を観察した。
MakaはかつてEruからスピリットボーンの道を学んだ、優秀で知恵のある女性であった。彼女は密林を蝕む原因不明の病魔を食い止めるため、昼夜を問わず奮闘してきた。Eruが放浪者とソウルストーンの顛末を伝えると、Makaは深い溜息をつき、事態の深刻さを認めた。彼女はNahantuを守るためならば異邦人の力であっても借りるべきだと言い、頷いた。
三人が今後の計画について話し合っていると、聖所の周囲に立ち込める濃い霧の中から、温かい黄金の光が差し込み始めた。光は次第に集まり、巨大で眩い黄金の獅子の姿を形作った。威厳に満ちた鬣と鋭い眼光を持つ精霊は、音もなく彼らに近づいてきた。放浪者は圧倒的な神聖さに息を呑み、スピリットボーンたちは敬虔に膝を屈した。
それは偉大なるアカラットの精霊だった。黄金の獅子は口を開かなかったが、その清らかで強烈な意志が一行の脳裏に直接響き渡った。精霊は、ネイレルが残した憎悪の痕跡を追い、恐ろしい堕落を阻止しなければならないという無言の意志を伝えた。アカラットの導きは明確であり、その道の先にはナハントゥの運命を決める巨大な試練が待ち受けていることを暗示していた。
エルとマカは深く頭を下げ、偉大な精霊の導きに従うことを固く決意した。憎悪の帝王が放つ毒気を浄化し、ネイレルを救うためには、密林の高位精霊であるアヴランの力が絶対に必要だった。マカはアヴランと交信するために精霊界へと通じる門を開かなければならないと説明し、素早く古代の呪術の道具を祭壇の上に並べた。
マカが複雑な印を描きながら儀式の準備をする間、エルは聖なる香を焚いて空間を浄化した。二人のスピリットボーンの霊力が一つに共鳴すると、重苦しい振動とともに現実の帳が徐々に薄れ始めた。祭壇の上に青い光の渦が揺らめき、別次元へと通じる通路が開かれた。放浪者は武器を握り直し、その神秘的な光景を注視した。
放浪者はエルとマカの保護を受けながら、精霊界へと渡る道に慎重に足を踏み入れた。次元を超えると、現実の粘り気のある湿気と土の匂いは一瞬にして消え去り、涼しく神秘的な空気が全身を包み込んだ。重力さえも曖昧な奇妙な空間の中で、一行はアカラットが残した光の軌跡を辿り、アヴランが留まる霊的な聖所へとゆっくりと進んだ。
しかし、一行がアヴランの聖所に到達した時、彼らを迎えたのは平和で神聖な気配ではなかった。鼻を突く恐ろしい悪臭と、粘り気のある赤い霧が聖所全体を覆っていた。清らかであるべき霊的な大地は、腐りただれた傷口のように裂け、血の水を流していた。エルの顔は青ざめ、放浪者は近づきつつある不穏な気配に剣を抜いた。
堕落したアヴランと悲嘆の心臓

精霊界の空は、まるで誰かが血を撒き散らしたかのように恐ろしい血の色に染まっていた。大地は巨大な獣の腐りゆく死骸のように醜く裂け、その裂け目からはメフィストの毒気が陽炎のように立ち上っていた。アヴランの聖所はすでに憎悪の力に完全に汚染され、本来の美しさを失っていた。現実とかけ離れたこの奇怪な風景に、放浪者は息を止めた。
その時、赤い霧を引き裂き、巨大な精霊アブランが醜悪に歪んだ姿で咆哮しながら現れた。過去の威厳は跡形もなく、メフィストの毒気が彼の澄んだ魂を完全に堕落させてしまっていた。赤黒い棘が生えた体躯と狂気に包まれた瞳は、ただ破壊だけを渇望していた。アブランは侵入者たちに向かって猛烈な殺気を放ちながら、その重々しい体を投げ出した。
エルは自分が生涯尊敬し、仕えてきた精霊の無残な姿に驚愕し、地面にへたり込んだ。彼の唇は小刻みに震え、呪術を唱えることもできず、ただ絶望の涙を流した。マカは悲しみを抑え、放浪者の肩を掴んで叫んだ。堕落を覆す方法はない、どうかアヴランを苦痛から解放し、安息に導いてほしいという、悲痛な懇願だった。
放浪者は重い心で武器を構え、堕落した精霊に向かって突進した。アヴランは巨大な爪を振り回し、赤い毒気を四方に吹き散らした。放浪者は盾で辛うじて一撃を防ぎ、地面を転がった。猛烈な攻撃が嵐のように降り注いだが、放浪者は精霊の動きが怒りによって乱れる隙を突き、最も深い傷口に向けて致命的な一撃を突き刺した。
断末魔の悲鳴とともに、アヴランの巨大な体が崩れ落ちるように倒れた。精霊が息を引き取ると、押し込めていた赤い霧が徐々に晴れ始めた。彼の胸の中央には、堕落の手が届かなかった純粋な心臓だけが、微かで温かい光を放っていた。放浪者は武器を収めて慎重に近づき、森の最後の希望が込められたその高潔な心臓を両手で受け取った。
現実の密林へと戻った一行は、そう遠くない場所で苦痛に身悶えするNeyrelleを発見した。彼女はソウルストーンの恐ろしい重圧に押し潰され、土の地面を転げ回りながら悲鳴を上げていた。放浪者は急いで駆け寄り、Ahbulhanの心臓を彼女の震える口元へと運んだ。Neyrelleは生き延びようとする本能からカッと目を見開き、残された右手で放浪者の腕を掴みながら、その心臓を口に含んだ。
ネイレルが心臓を噛み締めると、純粋な精霊の力が枯れ果てた血管を伝って爆発的に流れ込んだ。恐ろしく絡みついていたメフィストの幻影が悲鳴を上げ、一時的に粉々に砕け散った。血の気のなかった彼女の顔に温かみが戻り、荒かった息遣いがようやく落ち着きを取り戻した。ネイレルは地面に倒れ込み、荒い息を吐きながら、自分を苦しめていた痛みが和らいだことに安堵した。
しかし、エルはその光景を見て深い悲嘆に沈んだ。アヴランの死と、故郷ナハントゥが受けた取り返しのつかない傷が、彼の心をズタズタに引き裂いた。彼は土埃にまみれた両手を固く握りしめ、森の悲鳴に耳を傾けた。異邦人たちの争いに巻き込まれ、密林が破滅していくという惨憺たる絶望感が、長老の理性を徐々に暗く冷たい深淵へと引きずり下ろしていた。
血に染まった罪悪感と決別

放浪者とネイレルが辛うじて息を整え、落ち着きを取り戻そうとした瞬間、密林の静寂を破って燃え盛る騎士団が再び襲撃してきた。森の地形を把握したウルヴァルが、密かに部隊を率いて接近したのだ。騎士たちは奇襲によってエルの退路を断ち、彼を捕らえて荒い縄で縛り上げた。ウルヴァルは勝利の笑みを浮かべ、エルを自分たちのキャンプへと連行した。
エルが拉致される光景を目撃した放浪者は、激しい怒りを爆発させ、騎士団のキャンプに向かって突進した。盾を構えて騎士たちの槍の陣を破り、猛烈に剣を振るって血の道を切り開いた。放浪者の剣撃によって燃え盛る騎士団の鎧が切り裂かれ、悲鳴が密林に響き渡った。ただエルを救い出すという一念のみで、放浪者はキャンプの中心部まで一気に突破した。
キャンプの中央で、ウルヴァルが巨大な鉄槌を振り回しながら放浪者の前に立ち塞がった。彼は異端者を処断するという狂信的な叫び声を上げ、重い一撃を振り下ろした。放浪者は間一髪で鉄槌をかわし、ウルヴァルが体勢を立て直す前の隙を狙って、彼の胸当ての隙間に剣を深く突き刺した。ウルヴァルは血を吐き、巨木のように倒れて息絶えた。
放浪者が急いで縄を解くと、エルはあざのできた手首をさすりながら、感謝を伝えようと口を開いた。しかし、まさにその瞬間、キャンプの外縁から骨まで凍りつくような恐ろしい悲鳴が響き渡った。ネイレルとマカが残されていた方向だった。不吉な予感に襲われた放浪者とエルは会話を止め、狂ったように茂みをかき分けながら、悲鳴の聞こえた場所へと走り出した。
彼らが到着した時、目の前に広がっていたのは惨憺たる光景だった。ネイレルはソウルストーンの制御を完全に失ったまま虚空を見つめており、彼女の体から伸びた赤い憎悪の痕跡が、周囲を容赦なくなぎ払った後だった。そしてその破壊の中心に、避ける間もなく冷たくなって倒れているマカの姿があった。彼女の息はすでに完全に絶えており、残された者たちに深い絶望だけを与えていた。
Neyrelleは遅れて我に返り、足元に倒れているMakaの遺体を見て、引き裂かれるような悲鳴を上げた。自分が握りしめていた呪われた力が、無実の命を、それも自分を助けようとしてくれた者の命を偶発的に奪ってしまったという事実に、彼女は小刻みに震えた。Neyrelleは包帯で巻かれた左腕を抱え込んで地面にへたり込み、獣のように号泣しながら、耐え難い罪悪感に押し潰された。
エルは冷たくなっていくマカの遺体を抱きしめ、獣のような泣き声を上げた。彼が愛した弟子であり、ナハントゥを守るために生涯を捧げた仲間の、あまりにも虚しい死だった。喪失感はすぐに抑えきれない怒りへと変わり、彼の理性を焼き尽くした。エルの瞳は悲しみを超えた凄まじい怨念にぎらつき、彼は震える手でマカの青白い頬を撫でながら、奥歯を噛み締めた。
エルはネイレルに向けて殺気立った憎悪の視線を向けた。彼は、これ以上この呪われた旅に同行し、故郷を破滅させるわけにはいかないと冷ややかに吐き捨てた。放浪者が引き止めようとしたが、エルは断固として首を振った。彼はマカの遺体を慎重に抱き抱え、振り返ることもなく密林の深い闇の中へと消え去った。残された一行の上に、重苦しい沈黙だけが降りてきた。
光の金庫と墓の浮上

残されたネイレルと放浪者は、押し潰されるような重苦しい沈黙の中で歩みを進めた。マカの血が染み込んだ泥を背にして進むネイレルの肩は、罪悪感で限りなく丸まっていた。その時、霧の合間から黄金の獅子アカラットの精霊が再び姿を現した。精霊は悲しみに沈む彼らを慰めるように温かい光を放ち、伝説の中に失われた古代の墓へと道を先導した。
精霊の軌跡を辿って巨大な湖畔にたどり着いた時、茂みをかき分けて誰かが近づいてきた。去っていったはずのエルだった。彼の顔は冷たく強張り、眼光は枯れ果てていたが、彼は密林を救うために最後まで任務を助けると無味乾燥な声で言った。放浪者は彼の突然の帰還に疑念を抱いたが、今は彼の呪術的な知識が必要だったため、黙って頷いた。
エルが湖畔に立ち、古代の呪術を詠唱し始めた。彼の声が波に乗って広がると、湖の底から壮大な振動が起こり、大地が揺れ動いた。激しい水しぶきとともに、数百年間水面下に沈んでいた巨大な墓が、荘厳な音を立てて浮上した。水霧が徐々に晴れ、苔むした石段と固く閉ざされていた墓の入り口が、ついにその姿を現した。
一行は湿気を含んだ墓の中へと慎重に侵入した。迷路のような廊下を通り、彼らが到達したのは精霊界の最も深く神聖な空間、光の金庫だった。金庫の中央には、腐敗さえも寄せ付けないアカラットの真の肉体が静かに安置されていた。黄金の光がその肉体を包み込んでおり、そこにはいかなる悪意や憎悪も侵入できない完璧な平和が宿っていた。
Neyrelleは震える右手で霊魂石を持ち上げ、祭壇の中央に置いた。ついにその恐ろしい繋がりを断ち切った瞬間、彼女の魂を押し潰していたMephistoの圧倒的な苦痛が潮が引くように消え去った。Neyrelleは床にへたり込み、荒い息を吐きながら深い安堵感に涙を流した。左腕の切断部を包む包帯には長い旅の痕跡が残っていたが、彼女の表情だけは久しぶりに平穏を取り戻していた。
しかし、安心すると同時に、説明のつかない不穏な気配が金庫の空気を微かに振動させた。ネイレルは立ち上がり、アカラットの聖なる肉体と墓の強力な結界を利用して、メフィストをここに永久に封印する計画を急いで説明した。この光の金庫であれば、憎悪の帝王が放つ堕落を抑え込み、サンクチュアリを永遠に安全に守ることができると彼女は確信していた。
放浪者はネイレルの説明に従い、墓の封印装置を作動させるために周囲の石板を調べ始めた。光の金庫は外部のいかなる悪意も侵入できない完璧な要塞のように見え、古代のルーン文字が装置の上で青く輝いていた。放浪者はルーンの配列を合わせながら、封印の儀式が無事に終わることだけを願った。すべてが順調に進んでいるように見えた。
エルは黙ってそのすべての過程を見守り、袖の下で拳を固く握りしめた。彼の瞳には密林を守るという決意が宿っていたが、その裏には放浪者とネイレルが気づかない、暗く歪んだ葛藤が激しく渦巻いていた。彼は祭壇の上のソウルストーンとアカラットの肉体を交互に見つめ、脳裏に響く不吉な囁きに徐々に耳を傾け始めていた。
裏切りと地獄への墜落

放浪者が墓の装置を操作することに集中している間、エルは音もなくアカラットの肉体の傍へと近づいた。彼の頭の中には、血まみれになったマカの遺体と、堕落して死んでいったアヴランの悲鳴が絶えず木霊していた。異邦人たちの争いに巻き込まれ、無辜のナハントゥの命が犠牲になったという事実が彼の魂を病ませ、理性はすでに限界に達していた。
ナハントゥの心臓部に憎悪の帝王を閉じ込めるということは、いつかその堕落が漏れ出し、故郷全体を破滅させることを意味していた。エルはその恐ろしい未来を断じて許容できなかった。彼は密林を守るためなら、どんな代償でも払うと誓った。放浪者とネイレルの計画は、サンクチュアリを救うことはできても、ナハントゥを犠牲にする利己的な行為だと自分を正当化した。
その瞬間、ソウルストーンから溢れ出たメフィストの密かな囁きがエルの耳元を突き刺した。憎悪の帝王は、ナハントゥには決して手を出さないという、甘く欺瞞に満ちた約束を交わした。マカを失った悲しみと、故郷を守らなければならないという強迫観念に囚われたエルの理性は、ついに悪魔の誘惑に屈してしまった。彼は密林を救う唯一の方法は、悪魔との取引だけだと固く信じた。
エルは突然両手を伸ばし、強力な呪術を詠唱した。彼の指先から猛烈な霊的エネルギーが放出され、装置を操作していた放浪者の背中を強打した。放浪者は抵抗する間もなく凄まじい衝撃に巻き込まれ、金庫の冷たい床へと吹き飛ばされた。武器が床を擦って火花を散らし、放浪者は苦痛に呻きながら無理に体を起こそうとしたが、四肢が言うことを聞かなかった。
Neyrelleが驚愕して悲鳴を上げたが、Eruはすでに祭壇へ駆け寄り、霊魂石とAkaratの肉体を盗み出していた。神聖な肉体を肩に担ぎ、赤い憎悪の気運に包まれた青いサファイアの霊魂石を握りしめた彼の顔には、故郷への歪んだ愛と狂気が満ちていた。Neyrelleが残された右手を伸ばして近づこうとしたが、Eruは呪術の障壁を張り、彼女の接近を冷酷に阻んだ。
「ナハントゥを守るためなら、この世界すべてを裏切っても構わない!」エルの声は悲しみと狂気で激しく震えていた。マカの死が、彼をこれほど恐ろしい選択へと駆り立てたのだ。彼は放浪者とネイレルに向けて憎悪に満ちた視線を投げかけ、お前たちの傲慢さが密林を台無しにするのを許しはしないと叫んだ。彼の瞳はすでに理性を失って久しかった。
エルは精霊界の通路を強制的に歪め、光の金庫の中央に巨大な次元の裂け目を開いた。赤い火炎が立ち上るその裂け目は、メフィストの化身が待ち受ける地獄の深淵へと直結していた。エルは呪術の力を集め、床に倒れていた放浪者をその恐ろしい深淵の中へと強制的に突き落とした。放浪者はなす術もなく、裂け目の闇の中へと吸い込まれていった。
放浪者が地獄の深淵へと果てしなく墜落していく間、エルはソウルストーンと聖なるアカラットの肉体を抱きかかえ、現実世界へと逃亡した。閉じゆく裂け目の向こうへとエルの後ろ姿が消え去り、光の金庫にはすべての希望を奪われたネイレルの悲痛な絶叫だけが虚しく響き渡った。完璧に見えた封印計画は、密林の長老の裏切りによって粉々に砕け散ってしまった。
地獄の狼と精霊の犠牲

放浪者は赤い火炎と煙たい硫黄の臭いが立ち込める地獄の真ん中に叩きつけられた。肌を焼くような熱気の中で、息を吸うことさえ苦痛だった。体勢を立て直して立ち上がった放浪者の目の前に、巨大な血の色の狼の姿をした憎悪の使者が、よだれを垂らしながら唸り声を上げていた。それはメフィストが生み出した純粋な悪の塊であり、放浪者を切り裂くために用意された猟犬だった。
狼は醜い顎を開いて耳を裂くような咆哮を上げ、放浪者に向かって容赦なく襲いかかってきた。巨大な爪が空を切り裂き、鋭い牙が盾を噛み砕こうとした。放浪者は狼の圧倒的な力と速度に押され、後退を余儀なくされた。狼の体から放たれる憎悪のオーラが放浪者の精神を乱し、筋肉を麻痺させた。地獄の気が徹底的に放浪者を締め付けていた。
放浪者は必死に剣を振るって抵抗したが、狼の傷は地獄の炎の中で瞬時に再生された。度重なる攻撃によって盾は砕け散る寸前までひび割れ、狼の爪が放浪者の肩を深く切り裂いた。傷口から流れた赤い血が地獄の乾いた大地を濡らした。視界が徐々に霞み、呼吸が荒くなる中、放浪者は死の影がすぐそこまで迫っていることを直感した。
その絶体絶命の瞬間、地獄の赤い空を切り裂き、眩い黄金の光が降り注いだ。黄金の獅子アカラットの魂が、次元の壁を突き破って現れたのだ。精霊は放浪者を救うため、自らの残された存在のすべてを燃やし尽くし、圧倒的な神聖なる光を放った。地獄の闇がその光に押し戻され、狼は苦痛に満ちた悲鳴を上げて後退した。
アカラットの崇高な犠牲により、放浪者の体に強力で温かい神聖な力が宿った。切り裂かれた傷の痛みが消え去り、筋肉に爆発的な活力が湧き上がった。放浪者は両手で剣を固く握りしめ、精霊が残した最後の光を刃に集中させた。狼が最後のあがきで襲いかかってきた瞬間、放浪者は身をかがめて狼の顎の下に入り込み、心臓に向けて一気に剣を突き通した。
剣の先から爆発した神聖な光が、狼の体を内側からズタズタに引き裂いた。憎悪の使者は恐ろしい断末魔とともに黒い灰となり、地獄の風の中に散っていった。同時に、放浪者を包んでいたアカラットの魂もまた光の粉となって永遠に消滅してしまった。もはや一行を導き、慰めてくれる偉大な黄金の獅子は、サンクチュアリのどこにも存在しなかった。
地獄の亀裂を抜けて現実へと帰還した放浪者は、Eruと再び対峙した。すでに霊魂石とAkaratの肉体を引き渡してしまった長老は、自らの選択が引き起こした惨事に耐えきれずふらついていた。放浪者は怒りを抑えながら彼を取り押さえ、倒れたEruは動かなくなった。少し前まで共に道を歩んでいた仲間を見下ろしている間、勝利の喜びの代わりに深い喪失感が押し寄せてきた。
放浪者がEruに止めを刺そうとすると、Neyrelleが残された右手で彼の腕を掴んだ。彼女はこれ以上死を増やしたくないというように首を横に振り、放浪者は武器を収めた。彼らは意識を失ったEruをその場に残して立ち去った。長老が再び目を覚ますのか、どのような道を選ぶのかは誰にも分からなかった。Neyrelleはその問いを胸に抱いたまま、震える息を長く吐き出した。
トラヴィンカルの欺瞞者

クラストの深い地下、長い間忘れ去られていたトラヴィンカルの廃墟の中に、重苦しい闇が深く立ち込めていた。光さえ届かない湿った地下聖所の冷たい祭壇の上には、エルが裏切りの代償として捧げたアカラットの聖なる肉体が静かに横たえられていた。周囲には古代の血痕と壊れた彫像が散乱しており、空気中には不穏で生臭い魔力が粘り気を持って漂っていた。
祭壇の傍らに置かれたソウルストーンから、血の色の霧がゆらゆらと立ち上り始めた。赤い霧はまるで生きている蛇のように蠢きながらアカラットの肉体を包み込み、やがて口と鼻を通じて深く染み込んでいった。数百年間腐敗することのなかった神聖な体が、不穏な憎悪の気配で脈動し始めた。肉体の血管が黒ずんだ赤色に浮き上がり、周囲の闇を飲み込むかのように激しく波打った。
メフィストはかつてのような恐ろしい悪魔の姿や、血の色の狼の姿を取らなかった。赤い霧が晴れた後、祭壇から身を起こしたのは、アカラットの肉体を完全に奪い取り、慈悲深く神聖な人間の預言者の姿をした者だった。彼の顔には慈愛が宿っており、体を包む黄金のオーラは、サンクチュアリのどの司祭よりも高潔に見えた。
しかし、預言者の瞳の奥深くを覗き込むと、世界を破滅へと追いやる恐ろしい憎悪の火種が揺らめいていた。外見は非の打ち所がないほど聖潔で美しかったが、その本質は純粋な悪の結晶だった。メフィストは暴力と恐怖の代わりに、人間たちの脆弱な信仰に付け入る、最も致命的で狡猾な欺瞞を始める準備を整えたのだ。
メフィストは自らの新しい両手を見つめ、微かで不気味な笑みを浮かべた。神聖なるアカラットの器は、サンクチュアリの絶望に陥った人間たちを惑わすのに完璧な道具だった。救世主に偽装した憎悪の帝王が、光の名の下に世界を闇へと突き落とする計画が完成したのだ。トラヴィンカルの地下の廃墟に、彼の低い笑い声が物寂しく響き渡った。
同じ頃、Nahantuの密林の辺境で、Neyrelleと放浪者は引き裂かれた傷を抱え、重い足取りを進めていた。Neyrelleは残された右手で包帯に巻かれた左腕の断端を抱え込み、うつむいていた。彼らはTravincalの地下でMephistoがどのような恐ろしい姿で復活したのか、全く知る由もなかった。ただ密林を覆う巨大な敗北感に押しつぶされ、黙々と歩みを進めるだけであった。
マカの偶発的な死、堕落してしまったアヴラン、そして一行を救うために永遠に消滅してしまったアカラットの魂まで。あまりにも多くの犠牲を払い、数え切れないほどの血を流したにもかかわらず、彼らの両手に残されたのは、空虚な絶望と骨に染みる罪悪感だけだった。放浪者は振り返って密林を見つめたが、森は彼らの悲しみに何の答えも返さなかった。
ナハントゥの森は夜風に物寂しく揺れ、生き残った者たちの深い悲しみを慰めるように暗い葉を擦り合わせていた。しかし、密林の帳を超えてサンクチュアリ全体へと、迫り来る偽りの救済の影はすでに音もなく伸びていた。憎悪が孕んだ最も眩い嘘が、世界を飲み込む準備を終えた夜だった。
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