ディアブロ年代記 第16話:砦の灯火が消え去る瞬間
この物語の目次
原作の出来事に基づいて新たに執筆された二次創作小説です。登場人物の感情や台詞、場面の雰囲気は再構成されており、主要な結末を含みます。
アズモダンの軍勢が鉄壁の砦を包囲

鉄壁の砦の上に、血のような赤い灰が雪のように降り注いでいた。アズモダンの軍勢が放った地獄の業火の残骸だった。赤く染まった空の下、果てしない悪魔の軍団が城壁に向かって巨大な波のように押し寄せていた。鼻を突く硫黄の臭いと血生臭さが立ち込める中、武器を握る兵士たちの荒い息遣いだけが重苦しい沈黙を埋めていた。
遥か彼方で投石機が岩を放つ轟音が、鼓膜を破らんばかりに響き渡った。罪悪の帝王アズモダンは巨大な幻影を虚空に浮かべ、防衛軍を嘲笑した。彼の傲慢な声が砦の石壁を伝って響くと、若い兵士たちは恐怖に震え、盾の陰に身を縮めた。絶望が伝染病のように城壁の上を漂っていた。
ネファレムは険しい表情で最前線に立ち、地獄の軍勢を見下ろした。数々の戦闘をくぐり抜けてきた英雄の目から見ても、アズモダンの兵力規模は圧倒的だった。しかし、退く場所はなかった。この砦が崩れれば、サンクチュアリ全土が蹂躙されることは火を見るより明らかだったため、英雄は武器を握り直し、迫り来る血戦を静かに覚悟した。
ロープと鉤爪を伝って這い上がる醜悪な魔獣たちが、城壁の端に姿を現した。鋭い爪が石壁を引っ掻く音が四方から響いた。指揮官が声を張り上げて矢を放てと叫び、降り注ぐ矢尻が悪魔たちの皮に突き刺さったが、狂気じみた進撃を止めるには力不足だった。第一防衛線が激しく揺らいだ。
翼を持つ巨大な悪魔が一匹降下し、悲鳴を上げる兵士をひったくって深淵へと投げ捨てた。虚空へと散っていく凄惨な悲鳴は、生き残った者たちの士気を挫くのに十分だった。血が飛び散り肉が裂ける阿鼻叫喚の中、ネファレムは躊躇うことなく戦場の真っ只中へと飛び込んだ。武器が閃き、悪魔の首を刎ねた。
英雄が放つ強力な力は、稲妻のように前列をなぎ払い、悪魔たちの攻勢を一時的に鈍らせた。ネファレムの背中に勇気を得た兵士たちが再び槍を掲げ、鬨の声を上げて反撃した。血と汗が凍りついた城壁の上で、人間と悪魔の凄絶な乱戦が繰り広げられた。誰も生存を保証できない、恐ろしい消耗戦の始まりだった。
絶え間なく押し寄せる敵を斬り伏せるたび、ネファレムの腕にも重い疲労が蓄積していった。しかし、アズモダンの幻影は依然として空から彼らの足掻きをあざ笑っていた。英雄は喉元まで込み上げる息を飲み込み、負傷した兵士を背後へと引き寄せた。自分が倒れれば、防衛線は一瞬にして崩壊することを痛いほど理解していた。
血水が足首まで満ちる城壁の上で、ネファレムは再び武器を大きく振るって道を切り開いた。引き裂かれた悪魔の死骸が山のように積み上がったが、地平線の彼方からは依然として黒い軍勢が押し寄せていた。鉄壁の砦は徐々に限界を露呈しつつあり、英雄はこの包囲網を打破する根本的な解決策が必要であることを直感した。
英雄と兵士たちが城壁・地下で果てしない攻勢を防ぐ

戦闘の様相は高い城壁に留まらず、砦の深い地下空間へと広がっていった。防壁の裂け目から侵入した悪魔たちは、地下貯蔵庫を荒らし回っていた。ネファレムは城壁の防衛を兵士たちに委ね、暗く湿った地下へと足を進めた。松明さえ消えかけた通路には、不快な悪臭だけが立ち込めていた。
食糧貯蔵庫の奥深くでは、暴食の帝王ゴームの配下たちが放つ猛毒のガスが立ち込めていた。黄色味を帯びた毒霧は、息を吸い込むだけで肺を切り裂くような苦痛を与えた。防毒装備もなく駆り出された兵士たちは、血を吐いて床に倒れ伏した。ネファレムは毒霧を突き破り、退路を確保しなければならなかった。
英雄は呼吸を最小限に抑え、猛毒の霧の中へと突進し、膨れ上がった悪魔たちに向けて武器を振り下ろした。肉塊が弾け飛び、さらに凄まじい悪臭が放たれたが、攻撃の手を緩めることはなかった。閉ざされた地下通路で英雄が放つ魔力は、唯一の希望の道標となり、暗闇を彷徨う生存者たちを導いた。
折れた槍を握り、壁に寄りかかって息を切らしていた若い衛兵は、目の前で悪魔たちを屠るネファレムの武勇を驚異の眼差しで見つめていた。恐怖に怯えて足を震わせていた彼は、英雄が差し伸べた手を掴み、かろうじて立ち上がった。ネファレムは生存者たちを鼓舞し、壊れた鉄の扉をバリケードにして防衛線を構築するよう断固として命じた。
兵士たちが重い木樽や石の山を引きずって通路を塞ぐ間、ネファレムは一人で狭い路地に立ち、押し寄せる怪物たちの波を食い止めた。黒ずんだ血が英雄の鎧を濡らし、床を滑りやすくしたが、一歩たりとも退かなかった。英雄の決然とした背中は、絶望に沈んでいた兵士たちの闘志を再び燃え上がらせた。
一寸先も見えない暗闇の中、ただ本能と感覚だけを頼りに武器を振るう時間は、永遠のように長く感じられた。ネファレムの息遣いも徐々に荒くなっていったが、地下を占領しようとしていた悪魔たちの勢いも、ついに衰え始めた。床には数え切れないほどの怪物の死骸が転がり、凄惨な墓場を形成していた。
最後に残った巨体の悪魔が鈍い音を立てて倒れると、地下通路にはついに重苦しい静寂が訪れた。毒ガスも霧散し、かすかな松明の光が再び空間を照らし出した。生き残った兵士たちは互いに抱き合って安堵の涙を流したが、ネファレムは武器に付着した血を払い落とし、黙々と次の凄惨な戦闘に備えた。
地上と地下を行き来しながら果てしない防衛戦を繰り広げるうち、ネファレムの心には奇妙な不安が芽生え始めていた。アズモダンの軍勢は執拗であり、砦の防衛力は限界に達しつつあった。英雄は、砦の中心部で黒のソウルストーンを抑え込んでいるであろうリアの身を案じ、一刻も早く敵の心臓部を叩くべきだという結論に達した。
リアが黒のソウルストーンの中の悪魔を抑え込みながら疲弊していく

鉄壁の砦で最も深く安全な密室。リアは冷たい石の床に座り込み、荒い息を吐いていた。彼女の目の前には、不気味な赤い光を放つ黒のソウルストーンが浮遊し、激しく揺れていた。ソウルストーンの内部からは、ベリアルをはじめとする、すでに封印された大悪魔たちの怨霊が絶えず囁きかけ、彼女の精神を蝕んでいた。
リアの額には冷や汗がにじみ、青ざめた両手は、目に見えない巨大な圧力に抗うように虚空へと伸ばされていた。彼女が生まれ持つ魔力だけが、悪魔たちが現世へと這い出るのを防ぐ唯一の枷だった。しかし、七大悪魔のうち六つの魂が放つ邪悪な気配は、普通の少女が抱え込むにはあまりにも巨大すぎた。
耳元をかすめる悪魔たちの呪いは、リアの最も深い恐怖と疑念を突き刺した。彼女は頭を抱え、悲鳴を上げまいと下唇を強く噛み締めた。唇が裂けて生臭い血の味が広がったが、集中力を切らさないために必死で呪文を唱え続けた。ソウルストーンから伸びる黒い気配が、彼女の腕を絡め取ろうとうねっていた。
アドリアは部屋の隅に立ち、苦痛に身悶えする娘を冷ややかな眼差しで見つめていた。彼女の表情には、母親としての慈しみや心配は微塵も感じられず、ただ冷酷な観察者としての計算だけが漂っていた。アドリアはゆっくりと近づき、リアの肩に手を置き、本心の見えない乾いた声で慰めの言葉をかけた。
「もう少しの辛抱だ、愛しい娘よ。お前のその特別な力だけが、この世界を救う唯一の鍵なのだから」アドリアの囁きは、妙なことにリアの苦痛を和らげるどころか、さらに押し潰すような重圧を与えた。リアは母親の言葉を信じたかったが、ソウルストーンと繋がるほどに、魂までもが黒く染まっていく感覚を拭い去れなかった。
視界が徐々に霞み、指先の感覚が麻痺していく中でも、リアは抑制魔法の結界を再び強固に編み上げた。彼女はデッカード・ケインが遺した教えと、世界を救わねばならないという使命感だけで耐えていた。自分が崩れ去れば、ネファレムの努力もすべて無に帰すという思いから、残された生命力さえも絞り出してソウルストーンを抑え込んだ。
ネファレムが一時的に密室を訪れ、無残なほどに疲弊していくリアの姿を目撃した。英雄は今すぐにでも彼女を休ませたかったが、外ではアズモダンの軍勢が城壁を破壊していた。リアは無理に薄い笑みを浮かべ、自分は大丈夫だから早く戦場へ戻るようにと手招きした。その凄絶な犠牲の重さに、ネファレムは背を向けざるを得なかった。
扉が閉まり、再び深い闇が密室を満たすと、リアは堪えていた苦痛の呻きを漏らし、床に崩れ落ちるように倒れ伏した。ソウルストーンは彼女の弱みにつけ込むように、さらに激しく赤い光を明滅させて揺れ動いた。アドリアは倒れた娘を抱き起こす代わりに、貪欲な眼差しでソウルストーンを見つめ、迫り来る壮大な計画の最終段階を静かに描き出していた。
ティラエルが人間の体で戦争と信頼を学ぶ姿

武器庫の一角で、ティラエルは平凡な鋼鉄の剣を握りしめ、己の両手を物憂げに見つめていた。大天使の不滅の肉体を捨てて凡人となって以来、剣を握ることさえ以前のようにはいかなかった。荒い柄に擦れた手のひらからは赤い血がにじみ、傷がもたらすヒリヒリとした痛みは、彼が今や脆弱な人間になったことを思い出させた。
冷たい風が武器庫の隙間から吹き込むと、ティラエルは思わず身震いした。光の翼で温もりを抱いていた頃には決して知ることのなかった、骨の髄まで凍みる寒さだった。彼は薄い布と革の鎧に頼り、恐怖と寒さに震えている人間の兵士たちを見つめた。それほどまでに脆弱な存在が、圧倒的な悪魔の軍勢を前にしても、その場に踏みとどまっていた。
一人の老いた警備隊長が足を引きずりながら近づき、ティラエルの隣にどさりと腰掛けた。彼は黙って懐から硬く固まったパンの一片と、温もりの残る水筒を取り出して差し出した。それは死を目前にした戦場の真っ只中で、人間たちが分かち合える最も素朴で真実な連帯の証だった。ティラエルは躊躇った末、両手でその食糧を受け取った。
ぬるい水が渇いた喉を通り抜けると、ティラエルの胸の奥深くから、言葉にできない温かさが湧き上がった。天界の完璧な秩序の中では決して感じることのできなかった、不完全で傷ついた者たちが互いに寄り添い合って生み出す強さだった。彼はパンを噛み締めながら、人間が持つ真の力が魔法や武力にあるのではないことを悟った。
「我々には選択の余地がないから戦うが、決して一人では死なない」老隊長は血に染まった包帯をいじりながら、淡々と呟いた。彼の眼差しには、恐怖の先にある崇高な決意が宿っていた。ティラエルは頷き、自分が天界の栄光を捨て、この脆弱で美しい種族の傍らに立つことを決めた選択が正しかったと確信した。
ティラエルは立ち上がり、剣に付着した血痕を布で拭き取った。正義の大天使として数々の悪魔を裁いてきた彼だったが、今握っているこの平凡な鋼鉄の剣の重みが、かつてないほど重く、そして尊く感じられた。彼はもはや、天から世界を見下ろす傍観者ではなかった。血を流し、苦しみ、共に泥にまみれる一人の戦士だった。
ネファレムが敵の心臓部へ旅立つ準備を整えたという知らせが届くと、ティラエルは兵士たちを糾合し、防衛線の隙間を埋めるために立ち上がった。彼の声には天使の権威の代わりに、戦友への深い信頼と切迫感が滲んでいた。兵士たちは、たとえ彼が翼を失っていようとも、今なお傍らで共に戦う真の英雄であることを認め、武器を掲げた。
砦の門が再び開かれ、悪魔たちの新たな攻勢が始まると、ティラエルは誰よりも先に立って敵陣へと突進した。人間の体が被る疲労と苦痛が全身を苛んだが、背後から自分を信じて従う戦友たちの歓声が、新たな力を吹き込んだ。人間となったティラエルは、信頼と連帯という人間の最も偉大な武器を、完全に己のものとしたのだ。
英雄がアズモダンの軍勢を突破し、罪悪の帝王を打ち倒す

ネファレムはアズモダンの軍勢が湧き出る震源地、アリートのクレーターの深淵へと容赦なく降下した。四方から沸き立つ溶岩の熱気と腐敗した悪臭が息の根を止めようとしたが、英雄の足取りに迷いはなかった。罪悪の心臓部を破壊し、敵の本隊を壊滅させない限り、鉄壁の砦が迎える運命は無残な没落だけであることを知っていたからだ。
クレーターの奥深くで、欲望の女帝シディアが醜悪な蜘蛛の巣を張り、英雄の行く手を阻んだ。彼女は甘く毒に満ちた声でネファレムの精神を惑わそうとしたが、怒りに燃える英雄の意志を挫くことはできなかった。猛烈な戦闘の末、シディアの奇怪な肉体は粉々に砕け散り、彼女が生み出した無数の猛毒蜘蛛たちもまた灰へと帰した。
ついにアリートの中心に位置する巨大な門が破壊され、恐るべき威容を誇る罪悪の帝王アズモダンが姿を現した。獣の下半身と醜悪に膨れ上がった上半身を持つ彼は、傲慢な笑い声を上げてネファレムの無謀さを嘲笑した。地獄の火炎が渦巻く円形の闘技場の中で、サンクチュアリの運命を賭けた最後の決戦の幕が上がった。
アズモダンは巨大な手を振り回し、空から破壊的な地獄の業火の隕石を雨のように降らせた。床は赤く熱し、逃げ場のない狭い空間の中で死の球体が四方を席巻した。しかし、ネファレムは超人的な反射神経で火炎を辛うじて避けながら、敵の懐へと飛び込んだ。英雄の武器がアズモダンの厚い甲殻を強打し、火花を散らした。
慌てた罪悪の帝王は闇の池を召喚して英雄の足止めをし、生命力を吸収しようと足掻いた。腐敗した気がネファレムの足首に巻きつき、肉を腐らせていったが、英雄は苦痛を堪え、内なる力を極限まで引き上げた。眩い魔力の爆発が池を引き裂き、その反動でアズモダンの巨大な体が大きくよろめき、バランスを崩した。
勝機を掴んだネファレムは、稲妻のような速さで跳躍し、アズモダンの心臓部に向けて致命的な一撃を突き刺した。厚い皮と骨が砕ける音が闘技場に凄惨に響き渡った。アズモダンは信じられないというように己の傷口を見つめ、苦痛に満ちた断末魔の叫びを上げた。彼の血管を流れていた闇のエネルギーが制御を失い、外部へと噴出した。
裂けるような轟音と共に、アズモダンの肉体が崩壊し始めた。罪悪の帝王は最後まで呪いを吐き散らそうとしたが、彼の形体はすでに光を失い、崩れ落ちていた。爆発する地獄のエネルギーが四方を席巻する中、アズモダンの本質を宿した黒赤の魂の精髄が虚空へと引き剥がされた。それは見えない力に引かれるように、砦の方向へと飛んでいった。
アズモダンが倒れると、アリートの火口を満たしていた悪魔たちの気配も嘘のように消え去った。酷い硫黄の匂いが晴れ、溶岩の熱気も収まった。ネファレムは荒い息を整えながら、ついにサンクチュアリを脅かしていた巨大な悪の軍勢を打ち破ったことを実感した。英雄は勝利の知らせを伝え、疲弊しているであろうリアを救うため、急いで踵を返し、バスティオン砦へと帰還した。
砦に戻るとアドリアが裏切り、リアの血縁を公表

アズモダンを打ち破ったネファレムが鉄壁の砦に戻った時、英雄を迎えたのは勝利の歓声ではなく、身の毛もよだつ死の静寂だった。武器庫へと続く廊下には、防衛戦を耐え抜いた兵士たちの遺体が無残に転がっていた。床を赤々と濡らす血はまだ温かく、敵の襲撃ではなく、内部で引き起こされた一方的な虐殺の痕跡が歴然としていた。
不吉な予感に駆られたネファレムが、リアのいた中央の密室へと急ぎ飛び込んだ。部屋の中の光景は、英雄の血を冷たく凍りつかせた。ティラエルは血の色の魔法陣に束縛され、床に膝をついて苦痛に身悶えしていた。そしてその部屋の中央には、倒れたリアを見下ろし、黒のソウルストーンを握りしめたアドリアが冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。
「一体何ということをしたのだ、アドリア!」魔法の束縛を解こうと必死に抗うティラエルが、怒りに満ちた声で一喝した。人間の限界に直面した彼の叫びは、密室の壁に跳ね返り、虚しく気散した。アドリアは束縛された大天使をあざ笑うように冷たく見下ろし、黒のソウルストーンを胸に抱き寄せた。ソウルストーンの中には、今や七大悪魔の気配が渦巻いていた。
「私はただの一度も、この脆弱な世界を救おうなどと思ったことはない」アドリアの唇から漏れ出た声は、蛇のように狡猾で不気味だった。彼女の瞳には、ただ長年抱き続けてきた狂信的な目的だけがぎらついていた。彼女が母性の過ちによって悪に屈したのではないことは明白だった。最初から彼女は、唯一の真なる主のために、すべてを徹底的に欺いてきたのだ。
ネファレムが武器を抜き、今すぐにでもアドリアの首を刎ねようと飛びかかったが、血の色の帳が立ち上がり、行く手を阻んだ。アドリアは倒れたリアの髪を撫でながら、残酷な真実を口にした。「トリストラムの暗黒の放浪者、アイダン王子こそがこの子の父親だ。私の娘は、生まれた時からディアブロ様の血筋を受け継いだ完璧な器だったのだ」
恐るべき血縁の秘密が暴露された瞬間、密室の空気は重苦しく沈み込んだ。アイダン王子がディアブロの宿主となって堕落したあの夜、アドリアは大悪魔の種を宿し、後日のために備えていたのだ。リアが秘めていた、あの強力で制御し難かった力の源は光ではなく、骨の髄まで刻まれた大悪魔の呪われた遺産であったことが白日の下に晒された。
「貴様は最初からリアを犠牲にするために、我々全員を利用していたのだな!」ネファレムが怒りに震えながら帳を打ち破ろうと武器を振り下ろしたが、黒魔法はびくともしなかった。アドリアは狂気に満ちた笑い声を上げて頷いた。「その通りだ。七つの悪魔を一つのソウルストーンに集め、最も完璧な血統の肉体を用意すること。それこそが私の唯一の使命だった」
裏切りの衝撃と絶望が部屋を押し潰す中、気絶していたリアが苦痛に満ちた呻きを漏らし、ゆっくりと目を開けた。かすむ視界の中で自分を見下ろす母親の冷たい顔と、その手に握られた不気味なソウルストーンを前にしたリアの瞳に、抑えきれない恐怖が広がり始めた。避けることのできない恐ろしい運命が、無力な少女の首を絞めつけていた。
アイダンを通じてディアブロの娘となったリアと黒のソウルストーンの七大悪魔

「お母様…一体なぜこんなことをするのですか?」リアの震える声が密室の静寂を切り裂いた。世界を救うという一念で悪魔たちを抑え込んできた彼女の精神は、唯一信じていた肉親の残酷な裏切りを前に、粉々に砕け散ろうとしていた。頬を伝う涙の雫には、自分が経験してきたすべての苦難と犠牲が、徹底された嘘であったという凄絶な絶望が込められていた。
アドリアは娘の哀願にも眉一つ動かさなかった。彼女の顔には母性の痕跡すら残っていなかった。「お前はこの偉大な瞬間のために生まれた道具に過ぎない、リア。漆黒の闇がお前を通じて完成するのだ」冷酷な宣告と共に、アドリアは七大悪魔の気配で赤く沸き立つ黒のソウルストーンを高く掲げた。破滅の儀式が始まった。
アドリアは容赦なく闇の呪文を唱え、黒のソウルストーンの魔力を解放した。ソウルストーンから放たれた漆黒の邪悪なエネルギーが触手のように伸びてリアの全身を絡め取り、彼女の心臓の奥深くへと強制的に流れ込んだ。リアの口から、人間が発するものとは思えない凄惨で奇怪な悲鳴が沸き起こった。彼女の体は弓のように反り返って虚空へと浮かび上がり、血の色の稲妻が吹き荒れた。
ソウルストーンに閉じ込められていた七大悪魔の邪悪な精髄が、滝のようにリアの血管を伝って流れ込んだ。アイダン王子の血筋に潜んでいたディアブロの遺産が、その力を吸収して爆発的に覚醒し始めた。リアの人間としての意識は、巨大な悪の渦の中で悲鳴を上げながら引き裂かれ、澄んでいた両眸は地獄の火炎を宿した恐るべき赤色に燃え上がった。
「だめだ!リアを放せ!」ネファレムが血まみれの拳で魔法の帳を狂ったように叩いたが、砕け散るのは英雄の骨と肉だけだった。帳の向こうで繰り広げられる無残な変貌を見届けること以外、何もできなかった。リアの美しい肌は灰白色に腐りながら裂け、骨の節々が奇怪にねじ曲がり、醜悪な悪魔の骨格へと再構成されていった。
密室の影の中に、かつてトリストラムを救おうとして自ら破滅を迎えたアイダン王子の悲劇的な幻影が揺らめくようだった。父親が背負った呪われた運命が、世代を超えて娘へとそのまま覆い被せられる残酷な光景だった。リアの背中から巨大な棘骨が突き出し、口からは複数の悪魔の声が混ざり合った奇怪な咆哮が轟いた。
ティラエルはうなだれ、両目をきつく閉じた。天界の知恵をもってしても、これほど緻密な悪の企てを見抜けなかった己の無能さが、骨の髄まで恨めしかった。希望を象徴していた少女が、最も恐ろしい絶望の化身へと変貌していく過程を見つめながら、人間となったティラエルの胸には、天使の頃には知らなかった深い罪悪感と悲しみが重くのしかかった。
ついにリアの悲鳴が収まり、骨が砕け肉が裂ける音だけが部屋の中を不気味に満たした。アドリアは後退りしながら、己が創り出した恐るべき結果を驚異の眼差しで見上げた。人間の少女リアの存在は、もはや世界のどこにも残されていなかった。ただ、七大悪魔の力をすべて飲み込んだ、巨大な恐怖の帝王だけがそこにそびえ立っていた。
リアの体を奪った大悪魔ディアブロが天界へ向かう

引き裂かれたリアの抜け殻の上に、地獄の火炎と深い闇をまとった巨大なシルエットが身を起こした。七大悪魔のすべての権能を一つに吸収した絶対的な存在、大悪魔ディアブロがついにサンクチュアリに降臨したのだ。奴の吐息一つで密室の石壁が溶け落ち、放たれる圧倒的な恐怖の気配は、呼吸することさえ不可能なほどに空間を圧迫した。
ディアブロが燃え盛る両眸を見開くと、部屋の中のすべての光が一瞬にして消え去り、ただ血の色の火炎だけが揺らめいた。ティラエルは押し殺した呻きを漏らし、床に這いつくばった。大天使の魂を持つ彼でさえ、今目の前に降臨した大悪魔の気配の前では、本能的な戦慄を覚えるしかなかった。それは、かつて対峙したどの悪魔とも比較にならない破滅の結晶だった。
「偉大なる主よ。私があなたの器を用意いたしました」アドリアが血まみれの床にひれ伏し、狂気に満ちた声で賛辞を並べ立てた。しかし、ディアブロは己の忠実な配下に目もくれなかった。大悪魔の視線は砦の天井を越え、遥か彼方に存在する高き天界へと固定されていた。奴の目的は、サンクチュアリの破壊などではなかったのだ。
ディアブロが巨大な爪を掲げて虚空を切り裂くと、耳を劈く轟音と共に空間が歪み、巨大な次元の門が開いた。血の色の稲妻が渦巻く次元の門の向こうには、眩い光を放つ天界のダイヤモンドの門がその姿を現していた。七大悪魔の力を得たディアブロは、永遠の宿敵たちを滅ぼすため、自ら天界へと進撃しようとしていた。
ネファレムが絶望的な怒りを込めて武器を振るい、結界を打ち破って突進したが、ディアブロは軽く手を振って英雄を壁へと叩きつけた。骨が砕ける苦痛の中でネファレムが辛うじて顔を上げた時、大悪魔はすでに次元の門へと歩みを進めていた。リアを救い出す機会も、奇跡的な復活の可能性も、すべて灰燼の中に永遠に葬り去られた後だった。
ディアブロの巨大な影が次元の門の向こうへと完全に消え去ると、密室を満たしていた恐怖の気配も嘘のように霧散した。次元の門が閉じた後に残された鼻を突く煙だけが、誰もいない部屋の中を漂っていた。床には、リアが身につけていた小さな首飾りが、主を失ったままぽつんと落ちていた。世界を救おうとした純粋な少女の痕跡は、ただそれだけだった。
アドリアもまた、主の後を追うために闇の中へと姿を消して久しかった。ネファレムはよろめきながら立ち上がり、リアの首飾りを拾い上げた。冷たい金属の感触が、英雄の心を鋭く抉った。アズモダンを退け、砦を守りぬいたという勝利感は跡形もなく消え去り、徹底的に弄ばれたという惨憺たる敗北感だけが、英雄の全身を重く押し潰していた。
ティラエルがよろめきながら近づき、ネファレムの肩に手を置いた。彼の瞳にも深い悲しみと怒りが交錯していた。「我々の戦いはまだ終わっていない。ディアブロが天界を堕落させるのを許せば、サンクチュアリも無事では済まないだろう」鉄壁の砦に灯っていた希望の光は消え去ったが、二人の人間は再び武器を握った。最も暗い絶望の中で、戦いが始まろうとしていた。
確認資料
Blizzard公式設定:Book of Tyraelとレオリック家系
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