要点

1995年、中裕司、大島直人、そしてソニックチームはセガサターン向けに『NiGHTS into Dreams』を開発していました。サターンのパッドは2Dには優れていましたが、十字キーは8方向に限定されており、『NiGHTS』にはスティックが必要でした。チームは1995年11月のNintendo Space Worldで『スーパーマリオ64』を目の当たりにしましたが、新しいコントローラー開発の主な動機は『NiGHTS』自体のゲームデザインにありました。

戸崎健二が社内でコントローラープロジェクトを管理し、ゲームと並行して約6ヶ月で完成させました。中裕司は1996年のファミ通のインタビューで、チームがハンズフリーのコンセプトや巨大な足踏み式プロトタイプなど、100種類近いコントローラーモデルを検討したと語っています。3Dコントロールパッドは1996年7月5日に日本で同梱版として発売され、1996年9月にヨーロッパでデビューしました。

このコントローラーは磁石とホール素子を使用して非接触で傾きを測定し、摩耗やジョイスティックのドリフトを防ぎました。また、2つのアナログトリガーも備えていました。十字キーでも『NiGHTS』をプレイすることは可能でしたが、アナログスティックにより、プレイヤーは曲線や軌道を正確に制御できるようになり、アーケードスタイルの体験を一変させました。

戸崎はその後、1998年に発売されたドリームキャストのコントローラー開発に携わり、3Dコントロールパッドの曲線、スティック、アナログトリガーの要素が取り入れられました。このデザインの要素は、初代Xboxコントローラーにも影響を与えています。

詳しい内容は原文をご確認ください。