要点
ベセスダを代表する象徴的なRPGシリーズの歴史を振り返り、デザイナーのテッド・ピーターソン氏はTime Extensionの回顧記事の中で、『The Elder Scrolls: Arena』が1994年の発売時にソフトの流通で多大な困難に直面したと回想した。ゲームショップは当初注文を出したものの、発売日に出荷できずにキャンセルが相次ぎ、初期の売上高は『Terminator 2029』の店頭用パックを下回る結果となった。
商業的な滑り出しは困難を極めたものの、口コミによって初代作はプレイヤー層を獲得することに成功した。ピーターソン氏は当時をあらゆる意味で大惨事だったと表現しつつも、それが最終的に10億ドル規模のフランチャイズの土台を築いたと述べている。
『Arena』の発売当時、ベセスダは主に『Wayne Gretzky Hockey 3』や『Gridiron!』といったスポーツゲームで知られており、閉鎖的なRPGジャンルへの参入は困難な挑戦だった。1995年11月のPC Gamer誌のインタビューで、ベセスダの社長クリストファー・ウィーバー氏は、スポーツゲームの開発会社がRPG市場にうまく参入できるのかと疑う小売バイヤーからの懐疑的な視線に直面しながら、同社が未開の領域に足を踏み入れていたと語っている。


